私たちは日々の業務で数えきれないほどの判断を繰り返し行っています。
しかし判断を要する問題に直面したとき、考える時間がたっぷりと確保できて判断材料が十分に揃っている状況というのは稀です。
大抵の場合は今持っている情報で速やかに判断を要求される上に正解がないことがほとんどです。
私の業務はデザインなどのクリエイティブに関わることが多いのですが、この分野に関しては特に正解がないことが多いです。
たとえばクライアントには満足してもらえても、その先のエンドユーザーには不評であったり、エンドユーザー目線で作りすぎてもクライアントに納得してもらえなければそもそもリリースできないといった具合に、デザインを見せる対象によっても良し悪しは変わってきます。
そして最終的な評価や改善点は、リリース後のアクセスやCVRといった数値がでてきたときにはじめて見えてきます。
クリエイティブ以外の業務でも結果や問題があきらかになってから、はじめて「○○すればよかった・・・」「なんであのとき○○してしまったんだろう・・・」と過ちに気付き、再発防止や改善に努めることが多いかと思います。
しかしこれは同じケースの問題に対しては有効ですが、根本的になぜ判断を誤ってしまったのかはわかっていないままです。
もちろん人間ですので判断ミスを完全になくすことは不可能ですが、ある程度の傾向を知ることで対策することは可能です。
■判断ミスの種類
判断ミスの原因は、大きく分けるとバイアスとノイズの2種類に分類されます。
バイアスとは系統的な判断の偏り(思い込み、先入観)で、ノイズとはランダムな判断ばらつきです。
たとえば買取会社に骨董品の買取金額の見積もりを、下記の条件で依頼したと想定します。
・買取会社A社、B社、C社、D社の合計4社に見積もりを依頼。
・各社それぞれ5名の鑑定士を選出。
・各鑑定士は他の鑑定士の見積もり金額を知らない。
結果、以下の見積金額が提出されました。
仮に骨董品の適正な相場が50万円とした場合、各社は以下の傾向があります。
<A社>
5人全員が適正な数値に近く、会社として理想的な状態です。
<B社>
5人全員が近い数値ではありますが、一貫して適正より低い数値を提示しています。
この一貫した偏りがバイアスが発生している状態です。
適正金額より低いため買取に応じてくれる件数は減少し、会社の評判も悪くなります。
しかし規則性があるので原因の推測が可能です。
(たとえばB社が知らないだけで、実は骨董品ブームがきていて価格が高騰していた等)
<C社>
あきらかな偏りは見られませんが、5人それぞれ不規則にばらついた数値を提示しています。
このランダムなばらつきがノイズが発生している状態です。
適正より大幅に下回っている金額では買取できず、逆に大幅に上回っている金額で買取をした場合は企業に損失が発生してしまいす。
ノイズが発生している場合、なぜこのような結果になったのか原因を推測するのは困難です。
<D社>
5人それぞればらついた数値を提示しており、さらに一貫して適正より低い傾向です。
これはノイズとバイアスが両方とも発生している状態です。
ここまでくるとA社のような状態にするのは非常に時間がかかります。
以上が簡単なバイアスとノイズの性質です。
バイアスに関してはビジネス書などで取り上げられていることもありますが、ノイズに関しては初めて知った方も多いのではないでしょうか。
本来は一定の判断を下すべき人がその時々で違う判断をしたり、さきほどの鑑定士のように同じ職務についている人たちが人によって違う判断を下してしまうノイズという現象は大きなミスに繋がる恐れがあります。
自分はその時々で判断を変えたりしない!と否定したくなりますが、これは個人の能力の問題ではなく人間の思考の傾向によるものなので、多かれ少なかれ全ての人が気付かないうちに様々な要因から影響を受けています。
身近なものとしては、ストレスと疲労といった外的要因によるものです。
たとえば病院を対象にした調査では1日の終わりに近づくにつれ、効き目は強いが副作用の大きい薬の処方数が大幅に増えるといった調査結果があります。
遅い時間のほうが重症者が増えるといったことはありませんので、これは遅い時間になり疲れがたまってくると、医者が手っ取り早く対処しようと強い薬を処方するということになります。
その他にも天気、気圧、気温、体調、直前にみたテレビ番組、資料の並び順などといった些細な外的要因でも判断に影響を与えます。
またノイズの原因は外的要因だけではありません。
たとえば、ある向きの判断が続いたら、次は反対向きの判断を下す確率が高くなるといった調査結果があります。わかりやすくいうと書類の審査などで「承認」が何回か続くと、書類の内容に関わらず、その次が「否認」される確率が高くなるといったことです。
このような思考の癖も正しい判断を阻害する要因になります。
■個人における判断
直近1年間の自分に点数をつけるとしたら100点満点中何点になるでしょうか。
70点でしょうか?50点でしょうか?
正解のない判断を下す際、「他の人が何と言おうと疑いようもなくこれが最も適切な判断だ。」と自信をもって進められるケースは稀だと思います。
ほとんどの場合は今ある情報の中から検討し、それがデータや過去の経験などとそこそこ一致した段階で「これで十分だろう」と判断していることが多いのではないでしょうか。
ではなにをもって「これで十分だろう」と判断しているのかというと、多くの場合、明確に説明できるような裏付けではなく、ある程度検討したあとにくる「腑に落ちた」という感覚、ある種の満足感が意思決定のキーになっています。
たとえばさきほどの質問で自分に75点の点数をつけたとして、なぜ75点なのでしょうか。
「普段の業務は問題なくこなせていたが、1度だけ発注ミスをしてしまったので-25点くらいしておこう」といったぼんやりした理由はあると思いますが、最終的にはなんとなくしっくりきたからであって、明確に74点や76点じゃダメな理由を説明出来る方はごく少数です。
つまりこの明確な裏付けのない満足感(あるいは過去の実績からくる自信や直感)にこそノイズが潜んでいる恐れがあります。
■集団における判断
個人で判断することにリスクがあるなら、会議を開いてみんなで決めれば安心かというと集団での判断もリスクは存在します。
皆さんは「情報カスケード」という現象をご存じでしょうか。
複数の人が順番に判断するとき、自分の持っている情報に基づいてではなく、前の人の選択情報に影響され、多数派の選択肢を選ぶ傾向のことです。
たとえば8名ほどのメンバーが参加する、A案のデザインとB案のデザインを決める会議を想定してください。
すぐさま上司が「A案は素晴らしいです。B案も悪くはないけどちょっとセンスが古いですね。」と発言したところ、それに便乗して他の2名が強く賛同しました。
次に自分に意見を求められた時、内心ではB案が良いと思っていたとして、センスが古いとまで言われてしまったB案に票をいれることはできるでしょうか?
よほどのことが無い限りA案で問題なければそのまま賛成するかと思います。
残りの4名も、本当はB案が良いとおもっていたとしても、もう半数がA案を推している状況でB案が良いとはなかなか言えないと思います。
本来であればA案が3名で、B案が5名だったのでB案のデザインになるはずだったのですが、結果から見ると満場一致でA案のデザインで決まってしまいました。
もちろんこれは極端な例ではありますが、実際の会議でも最初に賛成派が1~2人発言したら、全体の流れが賛成ムードになってしまう場面はよく見かけます。
これは日本だけの現象ではなく世界的にこの傾向がみられます。
たとえば人気投票などで、リアルタイムで投票の内訳が見れるような仕組みで実施すると、初期の段階で好調だとその後も加速度的に伸びやすい一方で、初期に低調だとその後の逆転は難しくなる傾向があります。(音楽やアプリなどのダウンロード数でも似たような現象は発生します。)
どう判断して良いか定かではないときは多数派に従っていれば間違いないだろうといった判断は個人単位でみると大した問題ではなさそうですが、もしこれが集団全体で起こっていた場合、組織はまったく誤った方向へ向かってしまう危険があります。
■判断ミスを減らすには
ここまで誤った判断に繋がる原因を多数紹介してきました。
思いのほか正しい判断をすることは難しいと感じていただけたかと思います。
では具体的にどうやって対策すればいいのか、2点ほど方法を紹介いたします。
1つ目はガイドラインやシステムといったアルゴリズムで管理するやり方です。
これによってノイズやバイアスの発生を抑えることができますが、懸念点として「アルゴリズム回避」という問題があります。
これはアルゴリズムが一度でもミスをした途端に必要以上に信用を失ってしまうといったもので、たとえアルゴリズムによって判断ミスが大幅に減少していたとしても、信用が低下したアルゴリズムは使われなくなり、人間の判断を優先してしまうようになります。
このことからアルゴリズムの採用は効果的ではあるものの、運用は非常に難しい問題があります。
2つ目は意思決定のプロセスで第三者に同席してもらうことです。
ただ第三者といっても誰でもいいわけではなく、客観的な視点をもちつつプロジェクトメンバーの意見に反対できる立場の方が望ましいです。
たとえばプロジェクトメンバー以外の管理職の方などが該当します。
この場合、社内で完結するので業務フローに組み込みやすいのが最大のメリットですが、社内のみでの意思決定になりますので会社全体がバイアスを抱えている場合は効果的がない可能性もあります。
その場合は、社外にオブザーバーを依頼することが最適になります。
専門の企業であれば、過去の実績から様々ケースと比較検討できるため情報がまとまりやすく、また中立の立場から意見をもらえるためバイアスに左右されにくくなるメリットがあります。
弊社は様々なプロジェクトのご提案、運営全般に携わっておりますので、もしプロジェクトの進行や方向性を見直したいといったお悩みがあれば、ぜひお気軽にライフエスコートにご相談ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考文献>
ダニエル カーネマン; オリヴィエ シボニー; キャス R サンスティーン. NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?. 株式会社 早川書房. 2021年12月
ダニエル カーネマン; オリヴィエ シボニー; キャス R サンスティーン. NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?. 株式会社 早川書房. 2021年12月
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